思い立って日光(2)戦場ヶ原の「コンニチハ」

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 夏休みも終わったというのに、赤沼ですぐに小学生の集団と出会う。
 赤沼から戦場ヶ原への道に入ると、小学生が列をなしてやってくる。

 この子たちが難儀で、すれ違う時に「コンニチハ」と挨拶してくる。
 一応、「コンニチハ」と挨拶は返すのだが、向こうは集団で一人ひとり「コンニチハ」と挨拶する。
 戦場ヶ原ではいつも経験することなので、こちらは5人くらいまとめて「コンニチハ」と省力する。
 それでも何十人、多い時には何百人の小学生とすれ違うので、少々うんざりする。
 うんざりしながらも、元気な子供たちに寂しい思いをさせたくはないので、「コンニチハ」を返す。
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ホザキシモツケソウ

 子供時代を思い返せば、俺だって似たようなガキだったもんな。
 挨拶が面白くて、やたら「コンニチハ」って言いたがるんだよな。

 昔、山岳部で縦走する時には、何となく山の「コンニチハ」のルールがあった。
 30キロ近いリュックを背負っているので、基本、挨拶する元気がない。
 十数人のグループ同士がすれ違うのに、全員挨拶していたら気が萎える。
 それで、先頭同士が挨拶して以下省略。でも、それを小学生に求めてもなあ・・・

 木道に入ってしばらく行くと、白い帽子を被り青いリュックを背負った女の子ばかりのグループと出会った。
 挨拶も控え目で、どことなくハイソな家庭に育った雰囲気。これはきっと、首都圏の有名私立女子小学校の生徒に違いない。
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新しく架った青木橋(向こう)
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雲のかかった男体山

 そう思ってみると、どの子も良家の子女に見えてくるから不思議だ。
 公立小学校のガキたちみたいにペチャクチャ喋ることも、ふざけることも、列を乱すこともなく、良家の子女たちは前を見て黙々と歩く。
 外国人とのミックスの子も何人かいる。

 列の終わりの方に泣きべそをかいている子がいて、歩き疲れたのかもしれない。
「○○さん、いつもそうなんだから!」
 隣を歩いている子の叱責が聞こえる。

 小学生といえど、女の園。
 木下恵介監督の映画『女の園』(1954)を思い出す。
 阿部知二の小説『人工庭園』が原作で、仏教系の京都女子大学の学生寮で起きた事件がモデル。良妻賢母を育てるのが大学の基本方針で、封建的な寮の方針に反発した女子学生と寮母ら教職員の対立を描く。
 勉学についていけない鳴き虫の努力型系女子を高峰秀子、リベラルで気の強いハイソ系女子を久我美子、庶民派で快活なスポーツ系女子を岸恵子が演じている。

こちらは私立女子大生

 泉門池に行く途中、何度かこの青いリュックを背負った女子小学生のグループとすれ違った。
 後日、彼女らがカトリック系の都内某有名私立女子小学校の生徒であることを知った。

 さて、泉門池の手前、小田代原方面と光徳方面の分岐で、光徳方面に向かうことにした。1時を過ぎていたので、竜頭茶屋で昼食を食べることにする。 

思い立って日光(1)アインシュタインも泊った老舗ホテル

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 9月初旬、思い立って日光に行った。
 思い立ったのは8月の月遅れのお盆が終わった頃で、夏休みが終われば10月の紅葉シーズンまではホテルも暇だろうと高を括っていた。

 思い立ってホテルに予約を入れるのはいつものことで、中禅寺金谷ホテルの空室状況を確認すると、まったく空きがない。
 そんなはずはないだろうとホテルに電話をするが、やっぱり空きがない。
 市内、神橋に近い日光金谷ホテルの空室状況を見ると、こちらもほとんどが埋まっている。
 ようやく空いてる日を見つけて予約を入れた。

 これは一体どうしたことだろう。日光の人気が急に盛り返したのか?
 東日本大震災以降、客足の減っていた奥日光が活気を取り戻したのなら、地元にとっては良いことだ。
 でも、なんで急に? という思いは残る。
 インバウンドが東照宮からいろは坂を登って中禅寺湖までやってきたのだろうか?

 下界というか、市内にある日光金谷ホテルには前々から機会があったら泊まってみたいと思っていた。
 今回、その機会が巡ってきたわけだ。

 日光金谷ホテルは現在地に明治26年開業の老舗ホテルで、建物は有形文化財に指定されている。
 開業のきっかけになったのがローマ字でお馴染みの宣教師ヘボンで、アインシュタイン、ヘレン・ケラー、ルー・ゲーリック、藤田嗣治といった著名人が訪れていて、宿帳のサインも展示されている。
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昭和10年の建築の別館
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昭和11年改築のダイニングルーム

 面白いのは本館の2階が、もともとは1階だったという話。
 2階建てだったのを、昭和11年に地面を掘り下げて新たに1階を造り、3階建てに改造した。
 現在の建物の2階に上がると、階段のあるホール部分が昔の1階ロビーの面影を残している。

 私たちが宿泊した部屋は別館にある、やや広めの部屋。
 施設全体は古いので、近代的なホテルが好みの人には向かないかもしれないが、明治・大正の佇まいにロマンを感じる人には、典雅なひとときが得られるかもしれない。

 中禅寺金谷ホテルにあって、ここにないのは温泉とコーヒー・紅茶の飲めるラウンジ、リラクゼーションルーム。
 中禅寺金谷ホテルになくて、ここにあるのはプールと甘味処とバー。
 リーズナブルで美味しいア・ラ・カルトの虹鱒のソテー金谷風はどちらのレストランにもある。

 投宿すると荷物をおいて奥日光に向かう。
 下界は雨模様だったが、奥日光は雨がやんでいた。
 赤沼に行くと、千手ヶ浜行きのバスが出たばかりだったので、戦場ヶ原を歩くことにする。

沖縄県知事選と映画『沖縄』

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 台風24号が、沖縄から北海道へと日本列島を縦断する中、沖縄県知事選が終わった。

 選挙とは関係ないが、先日、『沖縄』という映画を見た。
 1970年の公開時に見て以来なので、48年ぶりの再見だった。

 この話には前段があって、今年の初め頃だったか、実家を訪ねた際に兄から紙袋を手渡された。
 古い映画のプログラムが何冊か入っていて、これはお前のものだろうと言う。確かに私がかつて映画を見た折に買い集めたものだった。
 今は映画を見てプログラムを買うことはほとんどないが、誰でも映画を見始めた頃は記念にこれを買う。
 玉手箱を開けたようだったが、その中に『沖縄』のプログラムが入っていた。

 表裏の表紙には、主演した地井武男さんと佐々木愛さんのスチール写真が載っていて懐かしかったが、ストーリーはすっかり忘れてしまっていた。
 良く知られた作品ならともかく、大手配給網に乗らなかった自主上映作品ではビデオ化されることも叶わない。
 もう一度見ることなどできないだろうと諦めていたのだが、たまたま都内の名画座で上映されることを知った。

 ネットで調べて見ると、数年前から上映を望む声があったらしく、そうした声が細々とした上映運動に結びついていたらしい。
 おそらくは辺野古問題がきっかけだったのではないだろうか。 

 劇映画『沖縄』を製作したのは、当時の総評を中心とした労働組合で、映画界からは『白い巨塔』『戦争と人間』『華麗なる一族』等を監督した山本薩夫、山本薩夫の映画を多くプロデュースした伊藤武郎が制作に入り、『ドレイ工場』の武田敦が監督をした。

 主演の地井武男、佐々木愛のほか、三代目中村勘右衛門、飯田蝶子、花沢徳衛、富山真沙子、加藤嘉、戸浦六宏、杉山とく子、鈴木瑞穂、吉田義夫、津嘉山正種らが出演している。
 地井さんはこれが映画初主演だった。

 途中休憩の入る二部構成で、第一部は昭和30年代の米軍による農地の強制土地収容、第二部は労働組合製作らしく、昭和40年代の基地労働者の権利獲得の闘争を描く。

 こう書くと、反米・反戦の左翼がかった映画のように聞こえるが、もちろんそのような側面もあるのだが、なぜ沖縄の人々がこれほどまでに基地に反対するのか、沖縄が歩んだ道、というか歩まされた道が、この映画から見えてくる。
 映画のあらすじは、文化庁のデータベースへのリンクを貼っておく。
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 亡くなった翁長雄志知事は昭和25年生まれで、映画の主人公よりは若干若いが、映画に描かれた時代を生きてきた。
 それだけに自民党の地方議員としての経歴を重ねながらも、県知事となって子供の頃に見た米軍による強制土地収用の憤慨が蘇ったのだろうか。

 県知事選候補者には高齢の女性もいたが、当選した玉城デニーさんと有力候補だった佐喜眞淳さんは共に翁長さんよりは一回り年齢が下で、強制土地収容の時代を知らない。祖国復帰運動の頃もまだ子供だった。
 そうした点で沖縄も世代替りしていて、復帰前の苦難の時代を知らない人たちが多くを占めるようになったということだ。

 『沖縄』はフィクションだが、実際に起きたエピソードを基に描かれていて、沖縄の人たちが人間扱いされず、米軍の理不尽が罷り通っていた事実を実感させる。
 この映画を見れば、辺野古がこの映画に描かれている屈辱の歴史と同質の問題であり、強制土地収容の時代と変わりがないことに気づく。

 フィルムというのは、時代時代の空気を映し込んでいて、古い映画を見るとその時代の人たちの様々な思いや感情を肌で感じることができる。
 『カサブランカ』を見れば、1942年の公開当時、ボギーやバーグマンと同じ思いで、戦争の時代を生きているように感じる。

 『沖縄』には、製作した人々の怒りや悲しみが1970年当時のままに焼き付けられていて、そのリアリティは知識で補うことはできず、映画で同じ時代を追体験することでしか得られない。
 それは当時の沖縄を知らない本土の人間のみならず、復帰前を知らない沖縄の人たちにとっても同じことだろう。

 選挙の結果は、沖縄が復帰前の憤怒の時代に立ち返ったように見える。
 政府がいくら言葉だけで理解を求めても、『沖縄』の屈辱と憤怒を実感できなければ、辺野古問題は永遠に解決されない。



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