奥日光・高山への遠い旅路(5)

          
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 稜線から望む戦場ヶ原
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 稜線からの中禅寺湖、千手が浜
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 高山への尾根路(左・戦場ヶ原、右・中禅寺湖)

 ホテルに着くと、連れ合いの持っていた旅行ケースをフロントに預け、路線バスの停留所に向かう。
 リュックを背負うのは私、連れ合いは杖1本だけ。しきりに申しわけなさそうにするが、いずれそれで良かったと思うはず。
 ほどなくやってきたバスに乗り込み、竜頭の滝の次のバス停、滝上で降りる。

 来た道を戻って竜頭の橋を渡り、かつての竜頭山の家があった右の道に入ると、途中左に高山への登山道入口がある。
 緩やかに山裾を巻く林の中の路を進むと、右斜面の傾斜のある道に変わるが、ところどころ雨で土が流されている。

 いきなりけもの道のようになり、足元がおぼつかなくなったので、山道に慣れない連れが弱音を吐き始める。
 予想以上に路が荒れていたが、菖蒲が浜から赤岩・熊窪を経て千手が浜に至る湖岸の路が、ここ数年の大雨で崩れていたことを思い出し、同じ高山の北斜面が同じように崩れているのは当然だということに思い至る。

 スキーもそうだが、急斜面に怯えると足がすくむ。足がすくむと腰が引けて、却ってバランスを崩す。
 杖があるとそれに頼ろうとするので、さらに腰が引けてしまう。
 そういえば連れは高所恐怖症だった。
 引き返したいと泣き言を始めたので、「尾根に出れば路が良くなるから」といって励ます。

 途中、山を下りてくる人たちと出会ったのは幸いだった。
 下りてくる人たちを見て、この路が先に進めることがわかり、少しは安心したのだろう。
 急斜面は上りよりも下りの方が大変で、連れも諦めがついたのかもしれない。

 尾根に出ると、途端に気持ち良い風が吹いてくる。
 中禅寺湖から戦場ヶ原に渡る風で、額や背中に掻いた汗を乾かしてくれる。
 尾根路は右手が戦場ヶ原、左手が中禅寺湖で、ときどき樹々の間から見える。
 快適な路なのだが、すでに高所恐怖症に陥っている連れは、左右の下り斜面に怯えていて景色を眺めるどころではないらしい。
 「北アルプスの痩せ尾根に比べれば、散歩コースだよ」と言っても、気休めにもならないようだ。

 一つ目のピークを過ぎ、高山への上りに入るあたりで路を間違えた。
 けもの路だったのか、あるいは営林署員が入る路だったのか、しっかり踏み跡がついた山を巻く路を歩いていくと、急に路が怪しくなった。
 踏み跡は続いているが谷に降りていくようで、連れを残して数m先まで様子を見に行き、間違えたらしいと感じて路を引き返すことにした。

 注意深く引き返すと、来たときは灌木に隠れて見えなかった直角に曲がる小径を発見した。藪に隠れて赤く塗った杭もある。
 尾根伝いの路で、しばらく行くと九十九折りの急勾配になる。胸突き八丁、山頂への上りだ。
 息を切らす連れ合いに合わせてゆっくり登ると、やがて前が開けて勾配が緩やかになり、路の先に休んでいる人が見える。頂上だ。
 
 山頂で食べるおにぎりは殊の外旨い。
 この幸福感は、どんなに美味しいレストランでも味わえないものだ。(つづく)

奥日光・高山への遠い旅路(4)

                            
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 東武日光駅
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 ザ・リッツ・カールトン日光の完成模型
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 建設工事の始まったザ・リッツ・カールトン日光
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 いろは坂(こちらは下り)

 東武線は竹ノ塚駅が都内最後の駅で、半世紀前、この辺りは田園地帯だった。
 茅葺きの家も多かったが、当時を思い起こすと昔日の感がある。

 埼玉県に入って3つ目の駅が松原団地駅で、今年4月に獨協大学前駅に駅名が変更された。
 松原団地駅が誕生したのが昭和37年。東京オリンピックの2年前だ。
 日本が戦後復興を遂げ、高度経済成長期に入った頃で、地方からの人々を集めて東京の人口は急拡大していた。
 周辺区にはまだ農地が広がっていたが、それも次第に宅地化されていき、交通の便の良い鉄道沿線上の多摩や埼玉県南部、千葉県東部に住宅地が伸びていった。

 そうした人口を吸収するための集合住宅、団地が郊外に建てられたのが東京オリンピックの前後で、その中でもとりわけ規模が大きかったのが草加市に造られた松原団地だった。
 東洋最大のマンモス団地を謳っていたのを憶えている。

 その松原団地も半世紀を過ぎて老朽化し、建て直しが進んでいるという話をテレビで知った。
 目を凝らすと、高層の新しい建物と老朽化した建物が車窓を通り過ぎる。

 けごん5号の次の停車駅が春日部で、ここでも乗降がある。東武野田線の乗換駅で、大宮と柏・船橋を結んでいる。
 春日部の3つ先が東武動物公園駅。地下鉄乗り入れの終着駅だが、東武動物公園ができるまでは杉戸駅と呼んでいた。
 駅名変更から30年以上が経つが、駅があるのは宮代町で杉戸町は川を渡った向こう側なので、これで良かったのかもしれない。

 けごん5号は栃木、新鹿沼、下今市に停まり、東武日光に到着したのが9時20分。
 早朝に起き、朝早くに浅草を出発したのに目はギンギンに冴えていた。
 久し振りの列車の旅は楽しい。

 改札を出ると、まず今夜泊まるホテルに行く算段をする。
 私が背負うリュックはそのまま山に登れるように荷物が詰めてあったが、連れ合いが引っ張る旅行ケースには宿泊用の荷物が入っていて、山に登るには文字通りお荷物だった。
 「まるごと日光 東武フリーパス」を持っているので路線バスでホテルに向かってもよかったが、ホテルの送迎バスがあるというので、それを利用することにする。

 バスには時間があったので駅舎をふらふらしていたら、入り口付近に面白いものを見つけた。
 日光レークサイドホテルの跡地に建つザ・リッツ・カールトン日光の完成模型が飾ってあったのだ。
 3棟からなり、敷地いっぱいに建つ感じだ。
 私には手の届かないホテルになりそうなので、せめて模型で目の保養をした。
 
 ホテルの送迎バスに乗り込み、一路ホテルへ。
 他人の運転でいろは坂を登るのは気が楽でいい。(つづく)

奥日光・高山への遠い旅路(3)

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 東武博物館に展示してある昔の東武特急

 けごん5号の車窓から見る景色は、この半世紀の間に大きく変わった。
 浅草駅を出て隅田川を渡って最初の駅は、とうきょうスカイツリー駅。スカイツリーができるまで、駅名は業平橋だった。

 スカイツリーができて5年経つというのに、まだ上ったことがない。
 業平橋駅時代にも、この駅で降りたことはない。スカイツリーができるまで、特段何かがあったわけでもなかった。

 曳舟、東向島、鐘ヶ淵・・・
 東向島駅は、以前は玉ノ井駅と呼ばれていた。
 「赤線玉の井ぬけられます」の玉の井があった地で、赤線廃止以前を知らない私には縁のない地で、永井荷風の『濹東綺譚』か滝田ゆうさんの漫画でその様子を知るくらいだ。
 駅から隅田川に寄ったところに向島百花園があり、駅に隣接する東武博物館の横には懐かしき東武特急ロマンスカーけごんの車両が展示してある。

 鐘ヶ淵には、かつて鐘淵紡績があった。
 その後、カネボウに社名を変えたが多角化経営に失敗し、10年前に会社を解散したのは記憶に新しい。
 隅田川沿いにあった工場は、高層アパートや公園等に生まれ変わっていて、昔の面影はない。 

 堀切、牛田を通過して、北千住で特急は次の停車をする。
 堀切といえば堀切菖蒲園だが、この駅からは荒川を渡らなければならない。京成線の堀切菖蒲園駅が最寄り駅で、牛田で京成線の京成関屋駅に乗り換えて行けるが、小学校の遠足の時以来、訪れていない。

 牛田駅と京成関屋駅は道1本隔てた向かいにあるが、『男はつらいよ 寅次郎子守唄』(1974)にこの町が登場する。
 十朱幸代さんがマドンナの回で、十朱さんに想いを寄せるコーラス・サークルの先輩、上条恒彦さんが住むボロアパートがある。
 駅周辺には今も下町風情が残るが、この辺りも高層マンションだらけになってしまった。

 浅草駅を出る時はガラガラだった車内も、北千住で乗り込んできた人でほぼ満席になった。
 北千住駅には、常磐線、日比谷線、千代田線、半蔵門線、つくばエクスプレスが乗り入れていて、日光に行くのに、むしろこの駅を利用する人の方が多いのだろう。
 北千住はイトーヨーカ堂発祥の地だが、創業以来の店舗が昨年店を閉じた。

 荒川を渡ると、小菅駅の東が東京拘置所。
 昔は小菅刑務所だったが、巣鴨から東京拘置所が移転したのが数十年前。巣鴨拘置所の跡地にサンシャイン60が建った。
 その後、小菅拘置所は建て替えられ、刑務所を取り囲んでいたコンクリートの高い塀も監視塔もなくなり、昔からの官舎を除けば、未決囚が入る収容棟はマンションと見紛うばかりの近代的な建物になってしまい、言われなければ誰も拘置所とは気づかない。

 各駅停車していると、いつまでたっても日光にたどり着かない。



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