生前退位─天皇は神か人間か?

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 天皇が国民に向けて、「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」をビデオメッセージで、述べられた。
 この中で、天皇は日本国憲法下における象徴としての在り方について率直にご意見を述べられ、その務めを真摯にはたすために生前退位のご意向を強く示された。

 ニュース等で「おことば」の趣旨について解説されているが、宮内庁長官が「おことば」がすべて、と語っているので、直接、天皇の「おことば」を聞いて判断するべきなのだろう。
 国民に直接語りかけたいというのが天皇のご意向だったともいう。
 このビデオメッセージと「おことば」の全文は宮内庁ホームページで視聴・閲覧できる。

 たまたま、7月13日の夜7時のNHKニュースを見ていた。
 天皇が生前退位の意向を示したという。NHKのスクープだった。

 その後の一連の報道の中で興味深かったのは、高齢の天皇の譲位も致し方ないという世論が多数の中で、首相をはじめとする政権中枢の人々や、保守派の政治家たちが、渋いというか心外な顔をしていたことだ。

 国事行為が多いとか、女性・女系天皇はどうするかとか、憲法との整合性とか、皇室典範改正とか、摂政ではだめなのかとか、この問題にはさまざまなことが絡んでくる。
 女性・女系天皇問題についても、小泉内閣で検討されたにも関わらず、秋篠宮に男子が誕生すると反故にされ、うやむやにされてしまった。皇室に男子が一人生れたくらいでは解決策にならないにも拘らず。

 少子化問題には「女たちよ、産めよ増やせよ」と声を張り上げる政治家たちが、皇室の少子化問題には目を瞑る。
 天皇御自身が、そうした腰を上げない政治家たちに業を煮やしたのかしらん、と思わずにいられない。
 天皇の生前退位問題は、天皇制の在り方そのものを問う。

 昭和21年1月1日、昭和天皇は新年の詔書を出した。
 いわゆる人間宣言と呼ばれるもので、この中に、天皇と国民との絆は神話と伝説によって生じるものではなく、天皇を現人神とする架空の観念によるものではないという趣旨が述べられている。

あらひとがみ【現人神・荒人神】
人の姿をして,この世に現れた神。天皇をいう。あきつかみ。 (大辞林)

 この人間宣言は、一般には天皇自らが神格を否定したと捉えられているが、文脈が明確でないこともあって、一部には未だに天皇が神であると信じている人もいる。

 日本国憲法においても、天皇は象徴であって国民ではない。
 憲法が保障する基本的人権も、国民に対してであって、天皇には保障されていない。
 事実、天皇には信教の自由も保障されていないし、職業選択の自由もない。
 その他、諸々の人権を保障されてなく、生命、自由及び幸福追求に対する権利もない。
 今回の一連の報道でもわかるように、天皇には表現の自由もなく、18条に保障される権利を持たない。

第十八条  何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

 今生天皇は普段から、日本国憲法を順守すると述べられているが、上記の点においても順守されているわけで、気の毒としかいいようがない。

 多くの国民は、これでは天皇がお気の毒だから、生前退位させてあげたいと考えるが、政権中枢や保守派政治家などの一部の人たちは、退位させたくないと考えている。
 なぜか?

 それは、多くの国民が天皇も人だからと思っているのに対し、そうでない人たちは天皇は神と考えているからだ。いや、天皇を神のままにしておいた方が都合がいいからかもしれない。
 明治新政府を作った人々は、まさに天皇を神として担いだ方が都合が良かったから、現人神として祀り上げ、国体と称して専制的な国家権力を行使した。

 生前退位は、天皇は神か人間かという問題を突きつけている。

 私見を述べるなら、日本国憲法の精神は国民だけでなく天皇にも及んでいるのであって、基本的人権は天皇にも保障されなければならない。

 「おことば」の中で、自らの終焉についても述べられているが、天皇のお立場からは社会の停滞や国民生活への影響を懸念されているが、これについては連れ合いが珍しく良い意見を言っていた。
 ──昭和天皇の時、政府もテレビも新聞も連日ご病状を伝えていたけれど、まるで陛下が亡くなられるのをみんなで待っているようで嫌だった。

 「おことば」は、天皇のお人柄をよく表していて、ご自身の職責ばかりを述べられているが、これは天皇も人であるという平成の人間宣言であって、天皇を権力者や政治家に隷属させてはならない。


70年目の夏─自衛のための戦争

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 シリーズもこれで7回目、夏もすっかり終わってしまった。
 戦後70年という区切りもあり、この機会に書いておきたいこともあった。

 7月中旬に、いわゆる安全保障関連法案11本がまとめて衆議院で採決された。
 現在は参議院で審議中だが、これも採決されて、9月中には成立することになる。

 集団的自衛権の行使に関し、多くの憲法学者が違憲だと指摘し、9月3日には元最高裁長官の山口繁さんまでが違憲だと批判した。
 立法の是非はともかく、憲法違反ではないかと大きな疑義が出ている法案を、衆院だけで可決できるように会期を延長したことに、この法案を推進している人たちの民主主義と現行憲法に対する考えが推し量れる。
 おそらくは前々回に書いた、終戦の日は1952年4月28日で、日本国憲法は占領下に押し付けられたものだと軽視する見方が根底にある。

 安全保障関連法案に反対する声も多い中で、立法を強引に推し進める背景には、安倍さんの政治信条とは別に、現在の東アジア情勢、とりわけ中国の海洋進出が背中を押したことは間違いない。
 第1次安倍内閣では、憲法改正のための国民投票法を成立させ、第2次安倍内閣以降、与党が衆院で3分の2を超えてからは、安倍内閣で憲法改正を目指すのかとも思えた。

 ところが、中国の脅威の拡大は憲法改正を待ってられないということか、第3次安倍内閣になって急遽方針を転換、現憲法下での自衛権拡大を目指すことになる。
 2010年の中国漁船衝突事件以来、多くの国民が日本の安全保障に不安を感じ、アメリカや南シナ海問題を抱える東南アジア諸国との集団安全保障に傾斜していったことは、致し方なかったかもしれない。

 国会の議論では自衛権の解釈が大きな問題となった。
 個別的自衛権にしろ集団的自衛権にしろ、その具体的な定義の難しさは国会論議でも明らかで、ケース・バイ・ケース、すなわち恣意的にならざるを得ない。
 安倍さんや山口さんがAだと言っても、岡田さんや志位さんはBだと言う。人によって判断は異なる。
 日本が自衛のためだと言っても、他国は侵略だと言うかもしれない。

 他国の領土に軍隊を送れば誰の目にも侵略かもしれないが、それでも満州や中国本土、東南アジアへの日本軍の派遣を侵略ではないという人もいる。
 安倍さんは終戦70年首相談話でも、これを明確には侵略とは言っていない。

 この談話の前半で、安倍さんは次のように言っている。
「植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。・・・世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました」

 この中で自衛という言葉こそ使っていないが、先の戦争を侵略としない考えの人たちは、これをもって大東亜戦争は欧米列強の植民地支配からのアジア解放のための戦い、そして日本が独立を保つための「自衛の戦争」だとしている。

 実際、資源の少ない日本が満州や北支・中支に進出していった目的の一つは、重工業に必要な鉱物資源の確保であり、南洋・東南アジアの欧米列強を駆逐していったのも、アメリカなどの経済封鎖による石油資源などの確保にあった。
 つまりは自衛のためだった。

 戦争は自国の経済や国民生活、権益を守るため、つまり自衛のために起きている。
 アヘン戦争はイギリスが輸入超過を是正するために、清にアヘンを輸出しようとして起こした戦争で、イギリスからすれば自衛のための戦争だった。
 アメリカが中東・南米・アフリカで散々行ってきた戦争も、すべてはアメリカの国益を守るため。

 自衛のための戦争には歯止めがないことを歴史は教えている。

70年目の夏─大田少将の遺言「沖縄県民斯ク戦ヘリ」

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 日本人の多くが終戦の日としている8月15日だが、沖縄では6月23日が終戦の日とされ、毎年記念行事が行われている。
 この日は牛島満陸軍中将の自決によって日本軍が組織的抵抗を終えた日で、自決を知らない兵士たちはポツダム宣言受諾後の8月末まで抵抗を続けた。
 沖縄守備軍が正式に降伏文書に調印したのは9月7日で、これが沖縄戦終結の日ともいえる。

 しばらく前だが、1967年版の『日本のいちばん長い日』と同じ岡本喜八監督による『激動の昭和史 沖縄決戦』という1971年の映画を見た。
 2時間余りの作品なのですべてが描かれているわけではないが、通史としての沖縄戦を知ることができる。
 この映画を見ていて、しばらく忘れていたことを思い出した。

 那覇からすぐ南の豊見城に旧海軍司令部壕というのがあって、今も壕内を見学できる。
 私が訪れたのはもう40年以上も前のことだが、狭い壕内に沖縄戦の記憶と実感をとどめていたのを憶えている。
 この壕に立て籠もって6月13日に自決したのが大田実少将で、映画では池部良さんが演じた。
 思い出したというのは大田少将が自決前、最後に海軍次官に送った電報のことだ。

 通信手段もままならない状況下で、県知事、沖縄守備軍司令官に代わって報告するという書き出しで、沖縄県民の男たちは防衛に協力し、老人・子供・女は家を失って辛苦に耐え、若い女は自発的に傷病兵の看護や炊事・砲弾運びをし、日本人として奉公してきたが、ついに報われることなく、最期を迎えてしまったと、最後にこう締めくくる。
 ──沖縄県民斯く戦へり、県民に対し後世特別のご高配を賜んことを。

 大田少将のこの遺言は、実現されたのか?


 敗戦後、沖縄は長らく米軍の占領下にあった。
 田畑を接収され、広大な米軍基地に提供し続けてきた。
 佐藤栄作さんが首相時代に沖縄の本土復帰に尽力したのは確かだ。
 しかしそれは、本土が1952年4月28日に政治的な終戦を迎えたのと同様、1972年5月15日に沖縄が政治的な終戦を迎えただけで、広大な米軍基地や日米地位協定に変化はなく、その後も基地問題は続いた。

 復帰後、海洋博もあったし、サミットもあり、インフラ整備や経済的支援はあったかもしれない。
 しかし、「県民に対し後世特別のご高配を賜んことを」には、はるかに遠い。

 普天間基地移転問題では、一部基地縮小や経済支援を条件にして辺野古移転はおそらく強行される。
 8月の工事中断は、沖縄の声に耳を傾けてみたという政府のアリバイ作りにしか見えない。

 現在の東アジア情勢や日米関係、安全保障体制を考慮すれば、ほかに妙案はないのかもしれない。
 しかし、大田少将が最後に伝えたかった、言い遺しておきたかったことは、今も実現していないし、その言葉は忘れ去られたままだ。

 政府内部や与党からは、沖縄の我儘といった声が聞こえてきそうだし、国民の多くもそう思っているのかもしれない。
 当時の沖縄県民はなぜ、そこまで命をなげうって軍に協力したのか。
 そのことを書くと長くなるので省略するが、島津支配以来、本土に差別されてきた沖縄の重い歴史がある。
 大田少将の遺言は果たされていないし、政治家や本土に住む者もその遺言を忘れてしまっては、沖縄の人たちと理解し合えるはずがない。

 安倍首相は終戦70年談話で、「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と語った。

 しかし、国外だけでなく、同じ日本人である沖縄の人たちに対しても、戦後生まれの世代は戦争に何の関わりもないから、謝罪する必要はないというのだろうか。
 今も沖縄に多くの基地のあることに対して、そして辺野古という新たな負担を沖縄に負わせることに対して、戦後生まれの世代には責任がないというのだろうか。

 大田少将の遺言が果たされるまで、なんど世代が代わろうと、本土の者は沖縄に負担を押し付けていることに謝罪しなければならないし、沖縄戦は過去のものとはならない。


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