風呂をうめる、ってどういう意味?(下)

#kawaraya(bath)090829
 お風呂をうめるについて、大辞林には次のように書かれている。

うめる【埋める】
⑦水を加えてぬるくする。また、薄める。 「お風呂を-・める」 「酒ニ水ヲ-・ムル/日葡」
 
 例文の日葡は日葡辞書のことで、1603~4年に刊行された日本語からポルトガル語への辞書。薄めるの意味で「うむる」が使われている。

 語釈⑦は、お風呂・酒を「うす(薄)める」が「うめる」に訛ったのではないか?
 ふと、そんな考えが頭をよぎる。
 で、結論から言えば、そうではなかった。

 日本国語大辞典(小学館)を調べると、「薄める」という言葉が使われるようになったのは近年のことだ。
 初出は1909年の森鷗外『金貨』で、「小男は薄めて酒を飲みながら」。1910~11年の夏目漱石『思い出す事など』にも使われていることから、明治後期には「薄める」という言い方が一般化していたと考えられる。

 もとは「うす(薄)し」の形容詞で、『源氏物語』などに用例がある。物の密度や濃度などが少ないこと、淡いことで、形容動詞の「うす(薄)め」の用例が登場するのは、1722年の『浄瑠璃・浦島年代記』で、「薄し」の動詞化は近代に入ってからという推測ができる。

 これに対し、「うめる」の用例は1010年頃の『紫式部日記』、同じころの『栄花物語』にすでにある。

 面白いのは日本国語大辞典の説明で、「温かさや濃さを適度にするために、他の物を混ぜ入れる」に付け加えて、「温くするために湯に水を入れる。また、温かくするために湯を加える」と書いていることだ。
 つまり、大辞林の「⑦水を加えてぬるくする。また、薄める」だけでなく、ぬるい水に熱い湯を加えることもまた「うめる」ということだ。

 1809~13年の『滑稽本・浮世風呂』には次のように書かれているそうだ。
「あついといへば水をうめ、ぬるいといへば湯をうめる」

 家庭風呂ではウメルことがなくなった。
 せめて銭湯や温泉に行った時くらいは、ウメルを使わないと本当に死語になっちまうな。

 あつくても がまんした
 うめなかった。


風呂をうめる、ってどういう意味?(上)

              
422kakubeijishi.jpg
422kazaguruma.jpg
4-22蕎麦細工の角兵衛獅子 (275x367)

 先般、豊島区に住んでいる矢島勝昭さんにお会いする機会があった。
 矢島さんは昭和4年生まれの今年88歳になられた方で、かつて日本電電公社にお勤めの傍ら、雑誌にイラストを描いていらっしゃった。
 退職後は郷土史の研究を始められ、平成7年、江戸時代に雑司ヶ谷鬼子母神の郷土玩具として名物だった、風車と麦藁で作られた角兵衛獅子を復元された。
 これまでにテレビでも紹介され、ご自宅の一部を展示室にされている。

 2月初旬にお訪ねしたので、お土産にバレンタイン・チョコレートに持参し、「男からもらっても嬉しくないかもしれませんが」と申し上げたところ、「甘党です」と喜んでいただけた。
 そのお返しだったのか、帰りに『画集・二十世紀の情景』というご著書をいただいた。

 矢島さんが生まれ育った池袋・雑司ヶ谷界隈の昔を描いたもので、今からは想像もつかないような情景ばかりだ。
 いただいた本を読み終わってテーブルに置いていたら、子供が目ざとくそれを見つけてぱらぱらめくり始めた。

「うめる、ってどういう意味?」
 子供が顔を上げて言った。
「うめるって、お風呂の?」
「そうみたいだけど・・・」

「雑司ヶ谷わんぱく時代」と題された一連の絵に、銭湯の男湯の脱衣場を描いたものがあった。二人の男の子が引き戸を開けて、脱衣場をおそるおそる覗いている。
 絵には次のような文が付されている。

 おとこゆに はじめて はいった
 ちょっと こわかった
 あつくても がまんした
 うめなかった。

 文から推察するに、それまで男の子は母親に連れられて女湯に入っていたのだろうか。
「もう大きくなったんだから、男湯に入りなさい」 
 母親に言われて、友達と一緒に男湯の扉を開ける。そこには大人の男ばかりで、母親の保護を離れた子供には不安が広がる・・・
 
 さて、ここからは、矢島さんの情感あふれる世界を離れて、「うめる」という言葉についての現実的な話だ。(続く)


(写真・絵)
矢島さんが復元した蕎麦細工の角兵衛獅子(上)と、風車(中)。
下は『江戸名所図会』に描かれた、雑司ヶ谷鬼子母神参道の「御休ところ」で売られている角兵衛獅子と風車。


いつから棲みついたのか、頭の黒い鼠(下)

IMG_7926 (376x282)
 東京の地下には鼠が多い。
 頭の黒い鼠ではなく、本物の鼠のことだ。
 銀座や大手町など、地下鉄の線路やホームを走り回っているのを見たことがある。

 もちろん、国会や官庁のある霞が関や永田町、国会議事堂前、都庁・都議会のある新宿や都庁前、オリンピック組織委員会のある虎ノ門や、競技団体本部のある渋谷、後楽園などには、ただの鼠だけでなく、頭の黒い鼠が走り回っている。

 言葉としての「頭の黒い鼠」はいつ登場したのか?
 第一感は、明治頃にこのような比喩表現が誕生したと思った。
 それで、小学館の日本語大辞典を調べてみると、なんと江戸時代前期に使用例があった。

 西山宗因(にしやまそういん)門下の9人の俳人による、延宝3年(1675)刊の俳諧、大坂独吟集から。

 ときどきかよひたらん こそこそはらますは あたまのくろい鼠すら

 俳諧の解釈はよく分からない。
 ただ、宗因はそれまでの古風な俳諧を諧謔に変化させた軽妙な俳風とされていて、上の俳諧もまた人間を「あたまのくろい鼠」と茶化したものと思われる。

 そうした諧謔の精神、オリジナリティからすれば、これが頭の黒い鼠の初出と考えてよいのかもしれない。
 日本語大辞典による2番目の使用例は、元禄5年(1692)の浮世草子、世間胸算用から。

 ──是ほど遠ありきいたす鼠を見たことなし、あたまの黒ひねづみの業(わざ)、是からは油断のならぬ事と

 意外と古くからいた頭の黒い鼠。

 人間を鼠になぞらえ、ただし実際は人間であることを頭髪の黒さで示したもの。家の中の物がなくなった時などに、それを盗んだのは鼠ではなくて人間であろうと、犯人をほのめかしていう。(日本語大辞典)

 鼠は総じてイメージの悪い生き物で、ヨーロッパではペストを媒介したことから死をもたらすと怖れられた。
 日本では、鼠が米などの穀物を食べることから、鼠のいるところには米蔵がある、つまり鼠を豊かさの象徴とポジティブな捉え方をしたりもする。

 東京オリンピックに群がる頭の黒い鼠たちも、そこに米蔵があって、とりわけ13兆円の財政規模を持つ東京都の米蔵が魅力的に映るのだろう。
 しかし、その米蔵に貯えられている米は1000万都民が汗水流して働いて収穫したもので、子育てや福祉に使われる米はまだまだ不足している。
 その米を当然な顔をして横取りしようというのが、頭の黒い鼠なわけだ。
IMG_7925 (376x282)
 大辞林で鼠を引くと、3番目の語釈は次のように書かれている。

ねずみ【鼠】
③ひそかに盗んだり悪をなしたりする者のたとえ。

 頭の黒い鼠も、白髪の鼠も、頭の灰色の鼠も、髪の薄い鼠も、今に始まったわけじゃない。
 江戸時代からいたってことだよ、のう、越後屋──




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