阪妻さんの葬儀フィルムを見て気がついたこと(下)

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 前二回、阪東妻三郎さんの葬儀の記録フィルムをみて気がついたこと、日本の葬送儀礼と霊柩車のルーツについて書いた。

 書いているうちに俄然、宮型霊柩車に対して共感を覚えるようになった。
 考えて見れば、昭和28年に亡くなった阪妻さんの葬儀に、霊柩車が使われなかった方が不思議なくらいだ。
 国民に愛された阪妻の葬列は、古式に則って行うべきだという考えだったのだろうか。

 8年前に「死を他人に盗られてなるものか」という記事を書いたことがある。
 本を書くための資料を読んでいた時に、たまたまフィリップ・アリエスの「死と歴史」(みすず書房)に出逢った。

 かつて死は身近なもので、家で安らかに迎える死が最上だった。
 北欧神話では藁の上、つまりベッドで迎える死は戦士としての恥辱だとされたが、それはベッドで迎える死こそが安楽であることの裏返しといえる。
 戦場で迎える死がどれほど無念であるかは、先の大戦で多くの日本人が思ったことで、病院で迎える死も悲しい。
 病死する人も、多くは自宅で最期を迎えることを望む。

 ところが驚くなかれ、最近では自宅で臨終を迎えるのは自然死ではなく変死扱いにされる。
 それを避けるためには、医師を臨終に立ち会わせるか、死後直ちに警察医に検視をしてもらい、死亡診断書を書いてもらわなければならない。
 それでも変死扱いにされては遺族が面倒なことになるので、危なくなったら救急車を呼んで、病院で息を引き取ってもらうのが一番ということになる。

 最近は孤独死も多いが、家族がいても自宅死した家や部屋は事故物件扱いになることもある。

 今年1月、評論家の西部邁さんが多摩川で入水自殺された。
 遺書もあり覚悟の自殺だったが、手が不自由だったことから助けが必要で、自殺幇助をした2人が逮捕された。
 自殺の是非、西部さんの本意は別として、死は本人ばかりか誰の手からも離れつつある。

 神から与えられた寿命が尽きたにも拘わらず、現代医療は人の死を先延ばしする。
 その結果として、その生のために犠牲になる人もいて、犠牲になる人は本来与えられている生きるべき時間を失う。
 医師もまた、現代医療の呪縛によって先延ばしできてしまう生を絶つことができない。
 
 いつから人々は死から目を背けるようになったのだろう。
 死は日常から切り離され、病室に押し込まれる。
 病院の地下に隠されている霊安室のように、町の中の葬祭場や火葬場はないものとされる。
 宮型霊柩車にしても同じだ。
 霊柩車で運ばれる遺体は貨物となる。

 死は不浄なもの。
 何のことはない、進歩したはずの人間は再び、古代の死の穢れの観念を取り戻しただけだ。
 霊柩車に出会うと縁起がいいと言われた時代は過去のものになった。

阪妻さんの葬儀フィルムを見て気がついたこと(中)

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『日本の礼儀と習慣のスケッチ』(1867)より、大名の葬列

 阪東妻三郎さんの葬儀の記録フィルムについての2回目。
 昭和28年7月に行われた阪妻さんの葬儀では、棺はお宮型の輿に乗せられ、祭礼のような葬列に運ばれていた。

 前回、これを見て神輿のようだと感じたと書いたが、次に連想したのは霊柩車だった。
 これが霊柩車の原型なのではないかと直感した。いわゆる、宮型霊柩車というやつだ。

 先般も葬儀に参列したが、最近はこの宮型霊柩車というのをとんと見かけない。
 私が子供の頃は、霊柩車に出会うと縁起がいいと言われた。
 もともと死に直結したものなので、不浄の観念から逆に肯定的に捉えようとしたのかもしれない。
 日常生活で常にとはいわないが、弔いは決して非日常的なことでもなく、霊柩車を見て縁起が悪いと言い出したらキリがない。

 そんな縁起が良いと言われた霊柩車も、寛容性のない現代では人々に忌み嫌われ、とりわけ葬祭場や火葬場付近の住民からは邪魔者扱いされる。
 それで目立たないようにと宮型霊柩車は消えつつあるのだという。

 正直、あの黒塗りの高級車にお宮を載せたデザインは仰々しくて好きではない。
 しかし、ルーツが葬列の輿にあるのだとすれば、そう邪険にしなくても良いのではないかと、少しだけ宮型霊柩車の味方をしたくなる。
 阪妻さんだって、そう言うに違いない。

 そんな思いでネットで調べて見たら、やはり輿の屋根が唐様破風の宮型霊柩車の原型だった。

宮型霊柩車
徒歩の葬列で、遺体を輿と呼ばれる台に乗せて担いだのを起源とし1910年代に誕生したとされる。(朝日新聞キーワード)

 宮は御屋のことで、「神をまつってある御殿。神社」(大辞林)。

 霊柩車の歴史について書かれた、佐賀県霊柩自動車協会のホームページを見つけた。
 以下は、これをクリックしていただいて、ホームページの写真を見ながら読んでいただきたい。

 「輿(みこし)」と書かれた1枚目が、阪妻さんの葬儀の記録フィルムで見たもの。
 2枚目の「駕籠(かご)」は、時代劇などでよく見る樽に遺体を座った形で容れたものの変型だろうか。

 どちらも人が担いで運ぶが、文明開化と共に3枚目の大八車に代わるのは必然か。
 しかし、棺を運ぶ人間が楽をしたいという気持ちが透けて見えるのと、遺体が貨物のような扱いに換わるのが今ひとつ釈然としない。

 そこから4枚目、5枚目の自動車に代わるのは産業革命の恩恵で、大きな変化ではない。
 ただ自動車が高級化し、唐様破風の屋根が豪華になっていくのは、棺がただの貨物ではないという、遺体に対するできる限りの配慮と尊厳が感じられて、むしろ好感する。

 それが唐様破風の屋根が取っ払われると、大八車の貨物に戻ったようで、飛行機で棺を運ぶのと大差なく見える。
 さらにバスやバンになると、これはもう旅行バッグか宅配便の荷物と変わらない。

 そして、宮型霊柩車が葬送儀礼としての近代化の、頂点を極めた意匠であったことに漸く気づくのだ。(つづく)

阪妻さんの葬儀フィルムを見て気がついたこと(上)

阪東 妻三郎   

先月のことになるが、映画俳優の阪東妻三郎さんの葬儀の記録フィルムを見る機会があった。
 年輩の方ならご存じのことと思うが、阪東妻三郎さんは大正から昭和にかけて活躍し、阪妻の愛称で親しまれた名優で、主演作の『無法松の一生』(1943、稲垣浩監督)は、今も名作の一つに数えられている。

 阪妻さんは、昭和28年に51歳の若さで急逝したが、私を含めてもう少し下の世代には、田村3兄弟、田村高廣さん、田村正和さん、田村亮さんの父親といった方がわかりやすい。
 長男の高廣さんは風貌が父親そっくりで演技力も父親譲りだったが、すでに故人となられている。
                

 さて、話は阪妻さんではなく、阪妻さんの葬儀の記録フィルムだ。
 5分ほどのモノクロフィルムで音声はないので、映っている映像を見ながら場面を想像するしかないのだが、松竹京都撮影所で行われた関西映画人による葬儀を実況したもので、阪妻さんが坂田三吉を名演した『王将』(1948)の伊藤大輔監督の弔辞など、家族や映画人が写っている。

 圧巻なのは葬送の様子で、京都市内の沿道にたくさんの人たちが集まって葬列を見送る。
 まさに黒山の人だかりで、阪妻さんの国民的人気のほどがわかるのだが、見ていてあることに気づいた。

 葬列の中央に長方体のお宮を担いだ人たちがいる。
 わかりやすくいえば祭礼の神輿で、揉みはしないが神輿を運んでいるように見える。
 すぐにそれが阪妻さんの棺だと気付いたが、改めて葬列全体を見渡すと神社の祭りの行列のようで、神田祭の神幸祭、山車の行列に似ている。 
 沿道の人々も、祭礼の行列を見物しているよう。

みこし【神輿】
御輿とも書き,シンヨともいう。神霊が本社から他社に渡御する際に,神体または神霊 (御霊代) が乗るとされる輿。種類は多様だが,普通は木製で黒塗りのものが多く,形も四角,六角,八角などで,多くは屋蓋の中央に鳳凰またはねぎ花などを置き,台には2本の棒を轅 (ながえ) として置く。(ブリタニカ国際大百科事典)

 神道では人は亡くなれば神になる。棺を神輿にしつらえて、葬列としても不思議ではない。
 もっとも神道では遺体は穢れたものとされるので、神霊の乗る神輿とは異なるのかもしれない。
 さらに言えば、輿の葬列は何も神道には限らないようで、昔の野辺送りでは、徒歩の葬列に遺体を輿に乗せ、人が担いで運んだのだそうだ。

のべおくり【野辺送り】
遺骸を埋葬地または火葬場まで運び送ること。もともとは葬式のうちの最も重要な儀礼の一つであった。葬列は,棺を中心に前後に位牌,天蓋,供え膳,水などを持った近親者が続き,先頭には松明 (たいまつ) を掲げた者が立つ。(ブリタニカ国際大百科事典)

 ちなみに、阪妻さんの墓は京都・二尊院にある。天台宗の寺院で、記録フィルムでも葬儀は仏式で行われていた・・・ような気がする。(つづく)



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