珍事0─珍事と椿事の違い

 最近は思いもかけないような事件が起きる。これを称して珍事というが、椿事(ちんじ)とも書く。読みは同じだが、では珍事と椿事とはどう違うのか?

 大辞林web版には、珍事は「1.珍しく変わった出来事、2.椿事に同じ」、椿事は「思いがけない大変な出来事。珍事」と書かれている。
 一方、大辞泉web版には、珍事・椿事は同じ項目になっていて、「1.珍しい出来事、2.(椿事)思いがけない重大な出来事。一大事」と書かれている。

 珍事は「珍しい出来事」、椿事は「思いがけない重大な出来事」をいうのか? どうも判然としない・・・

 広辞苑(第二版)には、珍事は「1.珍しいこと、2.思いがけぬ出来事、重大事」、椿事は「意外の出来事。非常の事件」と書かれていて、珍事の2の意味は椿事と同じ。
 しかも「義経記」には、珍事中夭(ちんじちゅうよう)の言葉があり、「非常な災難」の意味だと説明されている。
 中夭は不慮の死、若死のことで、非常の災難という意味もある。珍事(意外な出来事)と中夭(不慮の死)は非常の災難ということなのだろうか・・・

 「義経記」は室町前期に書かれているので、珍事は、たんに「珍しい出来事」というのではなく、「思いがけない重大な出来事」という意味で古くから使われていたということになる。
 一方、椿事については、川端康成「山の音」、尾崎紅葉「金色夜叉」に使用例があるそうだが、いずれも近代の作品である。

 漢和辞典で調べてみると、には「珍事、1.思いがけなく珍しい出来事、思いがけなく起こった悪い出来事」という用例が載っている。
 一方の椿(チュン、チン)は、中国ではムクロジ目センダン科のツバキとは別の植物のことで、日本ではツバキをこの字に充てたと書かれている。ちなみにツバキはツバキ目ツバキ科である。
 椿事については、「不意の出来事」という用例が載っているが、中国にはない日本特有の熟語であると書かれ、闖事(ちんじ)に同じとなっている。闖事は国語辞典にはない。

 (チン)は、馬が突然門から出てくることを表す、門と馬の会意文字で、「不意に現れる、突然入ってくる」という意味になる。
 熟語としては良く使われる闖入(ちんにゅう)があるが、この闖に椿と充てた誤用から始まって、日本で椿事が使われるようになったと書かれている。闖事も「不意の出来事」という意味だろう。

 ネットには、出典は不明だが、という字を椿と読み違えたという説も載っている。の字は、椿のつくりの「春」の中の「日」が「臼」になったもので、トウとかシュウと読む。訓読みはない。
 「頭が土の中に打ち込まれた大きな杭」という意味で、中国では事柄を数える際に、一樁事(イイチュワンシー)、二樁事・・・というように使うのだそうだ。
 おそらく日本人が中国文献の樁事を椿事と見間違えたということなのだろうが、樁事がなぜ、「不意の出来事」という意味を持つことになったのか、いつ頃の話なのかという説明は、残念ながら見当たらなかった。

 また、荘子の「逍遥遊」に出てくる、伝説の大木、大椿(ダイチン)が由来だという説も載っている。
 この木は、八千年を春とし、八千年を秋とし、三万二千年が人間の一年に当たるという、非常に長寿なめでたい木で、滅多に花を咲かすことがないことから「非常に珍しいこと」を椿事というようになったという。
 なかなかもっともらしい説だが、できすぎていて、どうも後世に作られた話という感が否めない。
 中国に椿事という言葉が見つからないこと、「不意の出来事」という意味の説明には不十分であること、さらに「逍遥遊」は紀元前のものなのに近代の日本にしか用例がないというのは不自然ではないか・・・

 もう少し調べれば、椿事がいつごろから、どういうきっかけで使われるようになったかが判るかもしれないが、とりあえずは最初に挙げた説が正しいとして、椿事は珍事の誤用ということにしておこう。

 前置きが長くなった。今日も子どもに、ブログの文章が長すぎると批判されたばかりだ。しかも、しごく退屈な話を書いてしまった・・・
 言葉辞典とは名ばかりのはずで、言葉や語源の説明をくどくどと書くブログではなかった・・・

 最近は思いもかけないような事件が起きる。珍事が多い・・・
追記:椿事の語源について

「珍事3─日本のチン事の代表は阿部定」に、椿事の語源のについて追加記事があります。
→ ここをクリック!

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