その後の日光プリンスホテル



 前回書いたように、先週末に奥日光に出かけた。
 常宿にしていた日光プリンスホテルは、昨年秋に閉鎖されてしまった。
 いつも食事をする店の主人から話を聞くと、大体のプリンスホテルの利用客は、レイクサイドホテルか金谷ホテルのどちらかに分かれたという。

 いろは坂を登って華厳滝に流れる川を渡ると、正面に日光プリンスホテルの案内板があったが、営業終了の日の午後に取り外された。
 当日の午後早く、土産物屋を覘いていたら、小さなトラックが横付けされて看板を取り外していた。
 対応が早いなあと思いつつも、一抹の寂しさを禁じえなかった。

 立木観音入口の大鳥居をくぐると、いつもの中禅寺湖の景色が広がる。
 湖畔で昼食を食べた後、菖蒲ヶ浜へと向かう。湖岸道路の木立の新緑が眩しい。

 金谷ホテルの前を通過し、岬の急カーブを右に曲がると道は下り坂となり、菖蒲ヶ浜の桟橋、養殖試験場、そして龍頭滝と続く。
 やはり赤沼からハイブリッドバスで千手ヶ浜の九輪草を見に行くのだろうか。
 前後を行く乗用車やバイクは龍頭滝に立ち寄ることもなく、一路戦場ヶ原に向かう。
 そして私は龍頭滝を左折し、通い慣れた道に入る。

 半年前までは、この道の入口にはこげ茶色の見慣れたサインがあった。
 08/11/26「日光プリンスホテルのフィナーレ」 に載せた最後の写真にあったサインだ。
 もちろん今はもうこのサインはない。

 何度も通ったこの道。
 スキーの時は、真っ白な雪に蔽われていた道・・・ゆっくりとした下り坂で、スリップして吹き溜まりに寄せて車を止めたこともあったっけ。
 戦場ヶ原で星を見るために、夜中に真っ暗な道を走ったこともあった。
 あれはまだ子供が小さかった頃で、夏休みの星座観察の宿題だったかもしれない。

 中禅寺湖畔のレストランに行くために、何度も夜道を走った。
 道を横切る鹿と出合ったことがあった。
 晴れた日もあれば曇りの時も、雨の日も雪の日もあった。
 早春、新緑、梅雨、初夏、夏休み、初秋、紅葉、晩秋、初冬、真冬・・・何度も通った道だった。
 そして今は、行く宛のなくなった道・・・



 スキー場の駐車場だったところは、今は龍頭滝の臨時駐車場に使われている。
 ゲレンデには黒いものが墓標のように規則正しく並んでいた。
 鹿避けの黒い鉄網に囲われた、植林された苗木だった。



 ホテルの駐車場や敷地にはロープが張り巡らされて、立ち入り禁止のサインが下がっていた。
 ホテルの門の手前、別棟のプリンスホールとコテージへの道の前にあるロータリーを半周して、車を止めた。



 正面玄関への入口は鉄柵で塞がれチェーンが巻きつけてあった。
 門には、「ここは私有地につき立ち入りをかたく禁止します。管理者(株)プリンスホテル」の立て看板。
 日光プリンスホテルのサインはすべて取り外されている。

 見ると、奥の車寄せに車が止まっていた。
 コテージの方から歩いてくる男性。管理を任されている地元の不動産業者だった。



 空き家となって荒んでいるかと思ったが、意外にもきれいに管理されていた。
 庭も手入れされているかのようだったが、草が芽吹いたばかりでそう見えたのかもしれない。
 枯れ枝が落ちていたので、草刈りや庭掃除をしたわけではないのだろう。
 そして、プールの近くの庭にも植えられた苗木があった。ゲレンデと一緒に植林したのかもしれない。



 湖に回ってみた。
 桟橋は木でバツの字に塞がれ、ロープを張って通れないようにしてあった。
 ホテルの前庭はやはり立ち入り禁止のロープで囲まれていた。
 そして、唯一「日光プリンスホテル」の名前の入った杭が残っていた。(一番上の写真)

 ロープさえなければ、いつもと変わらない情景。
 メインダイニングに人影が動き、庭に面した客室のガラス戸が開いて、小さな子どもたちが歓声を上げながら飛び出してくるような気がした。

 何も変わってはいない。
 ホテルはただ束の間の休息を取っているだけだ。
 建物が静かに呼吸する息遣いと、温かい血がゆっくりと流れる心臓の鼓動が聞こえてくる。
 誰もいないけれど、建物は生きていて、温もりさえ感じ取ることができる。
 この建物は生きている。
 そして、いつか目を覚まし、人々が訪れるのを待っている。


 
 私はホテル前の湖岸の砂浜に2時間近くもいた。
 草の上に腰かけ、湖を眺めた。
 トンビが旋回している。
 遊覧船が桟橋の向こうを通過していく。
 そしてキャンプ場にはキャンパーとテントが見える。

 それはいつもと変わらない風景で、いつもと変わらない見飽きない風景で、時間の過ぎるのを忘れさせた。 
 不思議だった。
 何も変わってはいなかった。
 日光プリンスホテルはいつもと同じように私を迎えてくれていたのだった。

コメントの投稿

非公開コメント

No title

泣きながらブログを読んでいる人なんでいるんでしょうか。我ながら呆れます。

No title

綺麗な写真ありがとうございます。荒らされているのではと心配していたのでほっとしました。私もこちらのブログを見て同じ気持ちの人がいるのだと思いました。20歳から30年間、多い年は3,4回行ってました。太い梁のダイニング、心癒してくれる湖、部屋からつながる芝生の庭、まるで別荘の様にくつろげるホテルに巡り合えて本当に幸せと思っていました。忙しい時や辛い時、桟橋から振り返った明かりの灯り始めた笑い声のするホテルを思い出しあそこがあるから大丈夫!と行くのを楽しみにしていました。1年経った今も行く所が無くなってがっくりしています、ホテルが無くなって泣くなんて思いもしませんでした。あの建物のまま再開されるのを心から待っています。
長くなってごめんなさい、同じ気持ちの方たちと会えてほっとしてしまって。

No title

管理人さま
私も綺麗な写真のお礼を申し上げます。
日光プリンスホテルが綺麗なまま残っているのがわかり、(というか「存続」しているようで)安堵しています。
感謝いたしております。

遠く離れたところから、いつも日光プリンスホテルのことを想っております。

思い出がたくさんある方のお気持ちはいかほどだろう、と考えることが多いです。
まりこさんのコメントは、
とても興味深く、参考になりました。

No title

拝見して 涙がとまりませんでした
私の代わりに行って下さったかのようで
今21歳になる娘が幼稚園生のころから 行っていたホテルです
プリンスの中でも一番好きでした

木の枝にかけたブランコも
冷たい水のプールも
夜 パジャマのまま芝生に出て 小さな蝦を見つけられる桟橋も
何もかも大好きでした

あなたのブログに行き着いて
涙が出てなりません

幸せな時をくれた このホテルに
ありがとう もう一度そこで素敵な時を過ごさせてくれないかな?と どうにか伝えたい気持ちで一杯になりました

七会さま
有難うございました

No title

 写真を見て 昔の幸せな日を 思い出しました。写真が無くなってしまい。記憶の中の風景だけだったけど。写真 保存させてくださいね.

No title

 写真を見て 昔の幸せな日を 思い出しました。写真が無くなってしまい。記憶の中の風景だけだったけど。写真 保存させてくださいね.

No title

うーむ...うちの家族と同じだ...

19歳になるムスコが幼稚園の頃から、なんども出かけた大好きな日光(特に戦場ヶ原方面)と日光プリンス。そこでの風景が想い起こされました。特にホテルの中での日常とは少し離れた素敵な気持ちで過ごすひとときが、今でも心象風景として湧きあがってきますね。
涙は出なかったけれど、心は確かに涙でいっぱいだったかも...

とにかく今は、日光プリンスの再開を心待ちにしています。そう信じています!

Re: No title

なかなか再開されないことで少し心配なのは、かつてのホテルマンの方や常連だった方がお歳を召されていくことです。
ホテルが再開した暁には、やはりもう一度懐かしい顔を見たいと思うのが人情ですが、歳月が経てばお会いできる方も少なくなっていくような気がします。
ブログには掲載しませんでしたが、閉館の時には家族ともどもベテランのホテルマンの方たちと記念写真を撮らせていただきました。
その方たちは今はどうしているかと考えるだけで、切ない気がします。
※上記のコメントは、2011/09/29(Thu)10:33:19に投稿されたものです。(ブログ移行時の不具合のため、運営者により2011-11-02(02:28) に再掲載しました)

No title

大切な思い出がたくさんあります。写真だけでも嬉しい。

さとう様

コメントありがとうございます。
奥日光に行くと、いつも気になってプリンスホテルまで足を伸ばします。
敷地内には入れませんが、周囲を巡ると懐かしい日の記憶が蘇ります。
記憶が薄れないうちに、閉鎖前に撮ったホテル内の写真を載せて行こうかとも考えています。

No title

初めまして、東京の佐藤と言います。懐かしさがこみあげてきます。閉鎖する半年ほど前のパーティが最後でした。35年以上前、出来た時に訪れた際、竜頭の滝からの道は舗装されてなくじゃり道。コテージもなく、宿泊していた高齢のアメリカ人の団体と、廊下ですれ違う度にGood Morning,Good Afternoonの言葉がでていました。諸外国と同じ、見ず知らずの人との会話に心打たれ、冬のクローズもまだやっていなかった時は、毎週週末東武鉄道の回数券を買い込み、東京から訪れていました。支配人のSさん、後に支配人になったIさん、料理長のWさんなど今思えば懐かしい顔が思い浮かびます。懐かしい写真ありがとうございます。

佐藤様

コメントありがとうございます。
開業時から利用されていたのですね。その頃の様子が書かれていて、大変興味深く拝見しました。外国のリゾートホテルのような雰囲気が、いかにも日光らしいですね。
前回も書きましたが、ホテル内の写真を載せていこうと思っていますが、サボっていて少しも進んでいません。気長にお待ちください。

No title

七会様

竜頭の滝からのじゃり道は、一年もたたずして舗装されました。聞いたところ、道路沿いの地下鉄やビール会社などの寮に、費用を出し合い舗装をの提案をしたが蹴られ、それならばと言う事で、プリンスが全額負担し日光市に寄付と言う道を取ったとの事。さすがと思いこの後、作家、藤島先生のエッセイで「よくぞ日光プリンスを作ってくれた」と言う言葉と共にファンになりました。ホテル内も夏場、まだ赤坂などからのお寿司屋さんも臨時営業しておらず、都内のプリンスからは知った顔のバーテンやソムリエが、手伝いに来ているだけでした。館内の写真期待しています。

佐藤様

開業当時のお話ありがとうございます。
キリンビールの保養所はまだ残っています。保養所は他に3カ所ありましたが、スキー場に隣接していた保養所は現在更地です。地下鉄の保養所は更地になった所にあったように思います。現在残っている建物も老朽化が進んで宿泊客をあまり見かけません。

No title

七会様

現在の状況ありがとうございます。30年以上前のこの時期、仲間と異常に冷たい小さなプールの中で遊び、場所を移し中禅寺湖の桟橋から持ち込んだ水中スクーターで対岸までの往復を楽しんでいた事などを思い出しています。後に長野オリンピック準備室に行ったMさんや元々この地にいたAさん兄弟、苗場に行ったフロントのAさんなど、日光プリンスでは従業員が一つの仕事にこだわることなく、帰りに桟橋から中禅寺のT食堂の前の桟橋までモーターボートで送っていただいた事など、昨日のことの様に思い浮かばれます。日光プリンスと似た作りの十和田プリンスまで足を延ばし、やはり日光プリンスの方に軍配を上げたりしていた時期が懐かしく、逆にそれだけ齢とったものだと、寂しくも感じております。

こんにちは

設計者・佐藤秀三で検索し、たどり着きました。最近、近所で同氏設計の建物があったところが、公園として開園しました。残留ながら建物は放火され残ってませんが。
日光プリンスホテルは今はどうなっているんでしょうか…。

spacenomad様

コメントありがとうございます。
日光プリンスホテルも名建築だといわれ、十和田プリンスホテルもこれと同じ設計です。
日光は閉館したままですが建物は無事です。昨年9月に訪れた際の写真を載せた記事がありますので、宜しければ右のカテゴリーの「日光プリンスホテル」から併せて御覧になってください。

No title

こんにちは。拝見させていただきました。
自分が子供のときに毎年夏に行っていた日光のプリンスホテルに、昨年生まれた子供を連れて行こうと思い立って検索したところ、閉館したとのこと、今さらですが知りました。
とてもショックでした。
写真を見て、コテージにとまって、朝、中禅寺湖の湖畔を散歩したり、
夜に家族みんなで芝生に寝転がって星を眺めたことを思い出し、涙が止まらなくなってしまいました。
閉館する前に(確か2007年だったかな)、両親に旅行のプレゼントとして、この日光のプリンスホテルの宿泊をプレゼントして良かったなと思います。
詳細な写真付きの報告をありがとうございました。

ひさこ様

コメントありがとうございます。
あなたが子供だった頃に、もしかしたらお会いしていたかもしれませんね。
日光プリンスホテルに思い出のある方々から、さまざまなコメントをいただくうち、このブログのページがそういった方々の記憶をひも解く一助になっていることに気づきました。皆様の思い出を読ませていただくと、我がことのように情景が思い浮かびます。
子供の時の思い出をお子様にも分けてあげたかったんですね。
プレゼントされたご両親は、きっとあなたと芝生に寝て星を眺めたことを思い出しながら、日光プリンスホテルに泊まられたのではないかと思います。

No title

子供の頃、マナー教室をこのホテルで受け、ナイフとフォークの持ち方を教わりました。教室が終わると客室に案内され、二階があることに驚き、大人になったなら必ず泊まるんだ!と将来の目標にしていました。しかし、泊まれるような収入と時間を得られたとたん、閉館することを知り、直ぐに予約しようとしたものの予約は取れませんでした。最近ではいっそのこと建物、敷地ごと買ってしまおうと思いはじめていたのでした。
そんな矢先、何処かの大手のリゾート会社が買い取ったとの話しを聞きました。心が踊り出しています。

のりお様

コメントありがとうございます。 
日光市にお住まいなのでしょうか。
以前、中禅寺湖のレストランで子供たちのテーブルマナー教室を開いている話を聞いたことがあります。日光市街や今市から来ていたようです。
プリンスホテルでもやっていたのですね。プリンスホテルに泊まれずに残念でした。
売却されたという話は初耳ですが、今度中禅寺湖に行った時に確かめてみたいと思います。

アウトレットモール、軽い内容の地元とはなんの関係もない美術館、B級ランチ、自分で見つけた秘密の場所ではなく、テレビのコメンテーターのオススメの紅葉スポット。意味のわからないパワースポット。
このようなものの洪水で箱根神山プリンスコテージも日光プリンスホテルも、なくなってしまったのですね。父が草葉の陰でため息をついています。

子供の頃のプリンスホテルのファン 様

コメントありがとうございます。
日光プリンスや箱根プリンス神山コテージのように、かつては子供といっしょに自然に親しめるファミリー向けのリゾートホテルがありました。今はそうしたものが流行らなくなったのか、カップル向けの高級リゾートホテルが人気のようです。
子どもの頃の良い体験をお持ちで、いざ親になって子供たちに同じ体験をと思っても、そのホテルがなくなっているのは哀しいものですね。
誰もが同じものにしか興味を持たない情報社会というのも、つまらないものだと思います。


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