忖度について忖度する(下)

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 日本での忖度の初めては、平安時代、菅原道真の漢詩「敍意一百韻」だった。
 しかし、道真は学問の神様だ。一般の人間が神様の言葉を使うようになるのは、970年後の明治時代になってからになる。
 少なくとも日本国語大辞典(小学館)の用例ではそうなっている。
 一般の人間には神様の言葉は理解できなかったのか、あるいは畏れ多くて使えなかったのか。

 明治7年(1874)出版の『新東京繁盛記』は明治初期の東京の風俗を書いたもので、初編・人力車の項に忖度が登場する。
 人力車夫が言葉巧みに客を引く様子について、「人の行く所を忖度して、而(しか)して何れの帰りと唱ふものは、人をしてその廉価を思はしめて、而してこれを釣らんと欲するなり」と書いている。
 客がどこに行こうとしているのか忖度、客の考えを推し量り、「どこどこへ帰る途中だ」と言って安く乗れると思わせて人力車に乗せようとする。

 明治8年(1875)の福沢諭吉の『文明論之概略』にも忖度が登場する。
 「一国人民の智徳を論ず」で、人の心は複雑で変わりやすく推量できないと述べた後で、「他人の心を忖度す可(べか)らざるは固(もと)より論を俟(ま)たず、夫婦親子の間と雖(いえ)ども互に其心機の変を測る可らず」としている。
 忖度は天に委ねるとする学問の神様・菅原道真と同じく、慶應義塾創立の福沢先生は、人の心は忖度できないと言っている。

 これまでの例からもわかるように、忖度はインテリ用語で、出自は漢語。中国の最古の詩集『詩経』の「小雅・巧言」に忖度が出てくる。
 ちなみに朝日新聞の知恵蔵miniに「『忖度』という言葉は、中国で西暦210年に書かれた『述志令』に見られるのが初とされ・・・」と書かれているのは誤り。
 『詩経』は周代、紀元前9~7世紀に詠まれている。

 少し長いが、該当の一節を引用する。

 奕奕寢廟 君子作之
 秩秩大猷 聖人莫之 
 他人有心 予忖度之 
 躍躍毚兔 遇犬獲之 
 奕奕(えきえき)たる寢廟(しんびょう) 君子之(これ)を作る
 秩秩(ちつちつ)たる大猷(たいゆう) 聖人之を莫(はか)る
 他人心有り 予(われ)之を忖度す
 躍躍(やくやく)たる毚兔(ざんと) 犬に遇(あ)いて獲(え)らる

 これを現代文にすると、次のようになる。

 大いなる御霊屋(みたまや)は君子が作り給ひ、秩序正しい大道は聖人が定め給うた
 他人に悪い心があれば、これを推し量るは易いこと 跳ね回る狡い兎は、犬に捕まってしまうものだ

 君子・聖人の教えに従えば、他人に悪心あればこれを忖度するのは易いこと。 
 日本の君子たる首相とファーストレディは、残念ながら「他人心有り 予之を忖度す」とはいかず、狡い兎に見事騙されてしまったということか。

 『詩経』によれば、忖度すべきは官僚ではなく、安倍夫妻であったというお粗末。

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