東京地名考─消えた地名・護持院ヶ原(上)

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筑波山神社拝殿(中禅寺跡)

 4月中旬、筑波山にハイキングに行ってきた。
 ケーブルカーやロープウェイでも登れるのだが、普段の運動不足解消も兼ねて筑波山神社入口から登り始め、女体山を経て男体山、筑波山神社入口へ下山した。
 おかげで数日間は筋肉痛で、階段の上り下りに難儀した。

 出身校の小学校の佐藤春夫作詞の校歌にも筑波山が歌われていて、子供のころから幾度もその山影を遠望しているが、登るのは今回が初めてだった。
 女体山の山頂近くは巨岩・奇岩が列をなしていて、他の山では見られないような山容で、もとは火山だったのかとも思ったが、そうではなく深成岩が隆起してできた山なのだという。

 筑波山神社入口まで来て思い出したのだが、この神社は文京区にある皇族用墓地、豊島岡墓地と縁がある。
 それを説明するためには江戸時代初期にまで遡らなければならない。
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男体山山頂の本殿

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女体山山頂の本殿

 筑波山神社の祭神は筑波男神と筑波女神で、山岳信仰の神として古代にまで遡ることができる。
 筑波山中腹にある筑波山神社は明治8年に造営されたもので、それまでここには中禅寺という寺があった。
 筑波山神社の本殿は、男体山と女体山山頂にあってそれぞれ筑波男神と筑波女神を祀っていて、中腹にある社殿は、拝殿という位置づけになっている。

 つまり、中腹にある拝殿は筑波山神社では最も大きな建物で境内も広いが、本来は中禅寺境内であり、明治維新の廃仏毀釈で中禅寺が廃寺となったために筑波山神社境内に編入されたものということになる。
 知足院(中禅寺)が開かれたのは、奈良時代から平安時代にかけてとされる。

 修験道が盛んとなる中世にかけて筑波山も山岳霊場となり、仏教と山岳信仰の神が混淆していくが、江戸時代になると知足院は徳川家康の手厚い庇護を受けることになる。
 理由は簡単で、筑波山が江戸の北東、すなわち陰陽道の鬼門に当ったからで、知足院は江戸を守護するための徳川幕府の祈願所となった。

 家康は知足院を再興するために500石を寄進し、大和長谷寺から梅心院宥俊を呼んで知足院の別当とした。
 この時、筑波山の俗別当であった筑波氏との抗争があったが、幕府の裁許によって追放されたという。

 宥俊の跡を継いだのが同じ大和長谷寺で宥俊の弟子であった光誉で、慶長15年(1610)、幕府から江戸に寺領を拝領して知足院の護摩堂を建立し、江戸常府を命じられた。
 この寺は江戸知足院と呼ばれ、江戸白銀町(現在の千代田区岩本町付近)にあったが、やはり江戸城の北東、鬼門に位置していて、江戸城護持の祈禱を命じられた。(続く)


明治の死語・新語 二六時中と四六時中

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 しばらく前のことになるが、大正時代に書かれた『江戸から東京へ』という本を読んでいた時に、二六時中という表現に出合った。
 自分の無知を晒すようだが、一瞬、どういう意味なんだろうと思った。

 四六時中という言葉なら知っている。
 一日中、いつも、という意味で、例えば、四六時中寝てばかりいる、とか、四六時中食ってばかりいる、というように使われる。

 これまた浅薄を晒すようだが、二六時中は四六時中の半分だから、半日のことだろうかとも思ったりしたが、文意からは四六時中と同じ意味で使われていた。

 ──二六時中機械の音がしている。

 四六時中がなぜ一日中、いつも、という意味かというと、四×六=二十四、つまり二十四時間、一日中ということになる。

 一日が二十四時間になったのは明治以降のことで、江戸時代は、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の十二刻だった。
 つまり、二×六=十二、十二刻、一日中というわけだ。
 ちなみに丑の刻は、現在の1時から3時の2時間で、これを4つに分けた3つ目、2時から2時半が丑三つ時になる。

 四六時中は、もとは二六時中で、1日が24時間となって、新しい時間に言い換えられたというわけだ。
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 二六時中はしゃれである。
 似たものに二八蕎麦があって、江戸時代、二×八=十六、十六文で売る蕎麦を二八蕎麦といったという説がある。
 江戸時代に書かれた浮世絵などには、「二八そば」の看板を下げた蕎麦売りの姿が描かれている。
 もっとも二×八=十六文は俗説で、そば粉8、小麦粉2の割合で打った蕎麦をいうのだともいう。

 二八蕎麦の語源については定説がないというのが定説になっているが、少なくとも江戸期以降の言葉で、二×八=十六文にしても江戸っ子らしいしゃれで、二六時中も同じように江戸っ子のしゃれかと思っていたら、そうではないらしい。

 日本国語大辞典(小学館)を見ると、鎌倉時代に元から渡来した僧、明極楚俊(みんきそしゅん)の遺稿の中に二六時中が使われていて、その外にも室町時代に用例がある。
 しゃれ気は、江戸っ子の専売特許ではなかったらしい。

 明治になって、一日が24時間になってからも二六時中はしばらく生き残っていて、夏目漱石『吾輩は猫である』にも登場するそうだが、四六時中が使われるのは意外と早く、日本国語大辞典の用例では、明治9年、萩原乙彦『音訓新聞字引』に登場している。

四六時中 シロクジチュウ 一昼一夜 廿四時ナリ

 『吾輩は猫である』は明治38~39年に『ホトトギス』に連載されたが、国木田独歩はそれよりも2年早い明治36年に『悪魔』で四六時中を使用している。
 四六時中は明治時代の新語である。独歩の方が漱石よりも、新しく登場した言葉に柔軟だったということか?

※写真は、二六時中寝ている、吾輩は猫である。

忖度について忖度する(下)

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 日本での忖度の初めては、平安時代、菅原道真の漢詩「敍意一百韻」だった。
 しかし、道真は学問の神様だ。一般の人間が神様の言葉を使うようになるのは、970年後の明治時代になってからになる。
 少なくとも日本国語大辞典(小学館)の用例ではそうなっている。
 一般の人間には神様の言葉は理解できなかったのか、あるいは畏れ多くて使えなかったのか。

 明治7年(1874)出版の『新東京繁盛記』は明治初期の東京の風俗を書いたもので、初編・人力車の項に忖度が登場する。
 人力車夫が言葉巧みに客を引く様子について、「人の行く所を忖度して、而(しか)して何れの帰りと唱ふものは、人をしてその廉価を思はしめて、而してこれを釣らんと欲するなり」と書いている。
 客がどこに行こうとしているのか忖度、客の考えを推し量り、「どこどこへ帰る途中だ」と言って安く乗れると思わせて人力車に乗せようとする。

 明治8年(1875)の福沢諭吉の『文明論之概略』にも忖度が登場する。
 「一国人民の智徳を論ず」で、人の心は複雑で変わりやすく推量できないと述べた後で、「他人の心を忖度す可(べか)らざるは固(もと)より論を俟(ま)たず、夫婦親子の間と雖(いえ)ども互に其心機の変を測る可らず」としている。
 忖度は天に委ねるとする学問の神様・菅原道真と同じく、慶應義塾創立の福沢先生は、人の心は忖度できないと言っている。

 これまでの例からもわかるように、忖度はインテリ用語で、出自は漢語。中国の最古の詩集『詩経』の「小雅・巧言」に忖度が出てくる。
 ちなみに朝日新聞の知恵蔵miniに「『忖度』という言葉は、中国で西暦210年に書かれた『述志令』に見られるのが初とされ・・・」と書かれているのは誤り。
 『詩経』は周代、紀元前9~7世紀に詠まれている。

 少し長いが、該当の一節を引用する。

 奕奕寢廟 君子作之
 秩秩大猷 聖人莫之 
 他人有心 予忖度之 
 躍躍毚兔 遇犬獲之 
 奕奕(えきえき)たる寢廟(しんびょう) 君子之(これ)を作る
 秩秩(ちつちつ)たる大猷(たいゆう) 聖人之を莫(はか)る
 他人心有り 予(われ)之を忖度す
 躍躍(やくやく)たる毚兔(ざんと) 犬に遇(あ)いて獲(え)らる

 これを現代文にすると、次のようになる。

 大いなる御霊屋(みたまや)は君子が作り給ひ、秩序正しい大道は聖人が定め給うた
 他人に悪い心があれば、これを推し量るは易いこと 跳ね回る狡い兎は、犬に捕まってしまうものだ

 君子・聖人の教えに従えば、他人に悪心あればこれを忖度するのは易いこと。 
 日本の君子たる首相とファーストレディは、残念ながら「他人心有り 予之を忖度す」とはいかず、狡い兎に見事騙されてしまったということか。

 『詩経』によれば、忖度すべきは官僚ではなく、安倍夫妻であったというお粗末。



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